サッカー部の歴史

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第1期

入学
昭和38年4月(1963年)
顧問
岩村幸衛 先生
部員
(GK) 吉沢
(FB) 高橋、山吉
(HB) 田畑、大槻
(FW) 鈴木、内村※、大野、風間、渡部 (※キャプテン)
ポジションは当時の表記です(フォーメーションはWMシステム)。
3年まで残ったのは上記10名だったと記憶しています。

ユニフォーム
残念ですがカラー写真は手元にありません。
肩から胸のV字のオレンジ色が漫画のエイトマンに似ていたので、エイトマンのユニフォームと呼んでいました。
当時はこの1着しかなく、生地が厚手でしかも丸首のため、夏場は暑いし汗で重くなって非常に大変でした。
思い出
当時はサッカーも盛んではなくトレーニングの解説書等も無かった為、練習計画・練習試合等すべて自分達で計画して行っていました。
校舎が完成して移転してきた時には自分達で材木を集めてきて手製のゴールを作ってそれを使用していました。
(今なら危険と云うことで許可されないと思う)
 とにかく、何から何まで手作りでやったことが良い思い出であり自慢でもあります。
私(山吉)の中で1番印象に残っている試合は、公式戦での初勝利の試合です。
2年になっての新人戦だと記憶していますが、同じ新設校の追浜高校との試合で、点数は2−1か1−0か定かではありませんが、延長戦で勝ったのが公式戦の初勝利でした。
 この試合が特に印象に残っているのは非常に風の強い日で、延長の後半が風下だったため、クリアーしてもボールが戻されすぐにピンチになる様な状態で、残りの5分がものすごく長く感じたのを覚えています。
残念だった事は、3年の時から始まった市立大会で優勝できなかったことです。(上の写真は準優勝での記念写真)
 現役の皆さんには、我々の時代と違って監督・コーチ・顧問など指導して下さる方々がいらっしゃいますが、受け身にならずに自主性をもってサッカーだけでなく勉強の方もやって貰いたいと思います。(1期:山吉)

できたての三ツ沢サッカー場にて市立大会(1965年9月)

卒業後1〜3期でOBチームを作り希望ヶ丘高校OBと試合(1967年6月)。
白いユニフォームが東OB。チーム名は「HHOBS(ホッブス)」